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鳥取地方裁判所 昭和40年(ワ)40号 判決 1966年7月18日

主文

被告は原告に対し金二三五、五四九円及びこれに対する昭和四〇年二月二一日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金八〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

被告は原告に対し金二五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年一一月一日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

第二、請求の趣旨に対する答弁

請求棄却。

第三、争ない事実

一、訴外粟田喜一は、昭和三四年一〇月三一日、訴外山口又治郎からその所有の家屋((イ)、鳥取市川端三丁目六〇番地所在家屋番号七六番、木造スレート葺二階建居宅兼診察室床面積一階六九、四二平方メートル(二一坪)、二階三七、一九平方メートル(一一坪二合五勺)及び(ロ)、同所六〇番地の三所在家屋番号七六番の二、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅床面積六〇、五九平方メートル(一八坪三合三勺)を、賃料一ケ月金八、〇〇〇円、期間三ケ年の約で借受けてその登記をなし、山口に対し敷金二五〇、〇〇〇円を提供した。

二、ところが、これよりさき、山口は、昭和二八年四月二〇日、訴外住宅金融公庫に対する金銭債務を担保するため前記(イ)の家屋に、また、昭和三一年八月二〇日、訴外商工組合中央金庫に対する金銭債務を担保するため前記(ロ)の家屋に夫々抵当権を設定し各その登記を経ていた。

三、そして、右家屋に設定された抵当権の実行による競売手続において、被告は、昭和三五年四月一三日、右(イ)の家屋の、また、同年一二月八日、右(ロ)の家屋の各所有権を取得し、各その登記を経由し、賃貸人の地位を承継し、その後、昭和三七年一〇月三一日、前記賃貸借期間の満了により右賃貸借は終了したが、右賃貸借終了時において、粟田は被告に対し毫も賃料の延滞がなかつた。

四、原告は右粟田に対し同人が被告に対して有する前記敷金返還請求権の差押及び転付命令の申請をなし(当庁昭和四〇年(ル)第二〇号、(ヲ)第二〇号)、昭和四〇年一月二七日、右命令が発せられ、右命令は、同年同月二九日、被告及び粟田に送達せられた。

第四、争点

(原告の主張)

一、前記敷金については、賃貸借終了の際、粟田に賃料の延滞のあるときは敷金をこれに充当するも、延滞のないときは、「賃貸借終了と同時に」粟田に返還する約であつたから、被告は、本件賃貸借終了のときに、右敷金を粟田に返還すべき義務があつた。

二、そうして、原告は粟田に対し、昭和三八年一二月二九日、金三〇〇、〇〇〇円を、弁済期昭和三九年一二月三一日、利息一ケ年一〇〇円につき金三六円の割合で貸付け右債権につき公正証書を作成し、右公正証書正本に執行文の付与を受けた。

(右の主張に対する認否)

(一)  (原告の主張)一の事実を否認する。本件敷金については「賃貸借終了と同時に」返還する約定ではなく、「賃貸借が終了し、且つ、粟田が前記家屋を現実に明渡すとき」、返還する約定である。

ところで、粟田は、本件賃貸借の終了後においても引続き本件家屋の使用、収益を継続し、その間、賃料相当損害金の支払もしていない。

(二)  (原告の主張)二の事実は知らない。

(被告の主張)

(一)  被告は、昭和三七年一二月二六日、本件家屋を訴外竹内煕佐男に売渡し、さらに、同人に対し、被告の粟田に対する家賃相当の損害金債権(昭和三七年一一月一日以降同年一二月二五日までの間)を譲渡し、それとともに被告が、さきに、承継して粟田に対して負担していた本件敷金返還債務は竹内においてこれを引受け、処理する旨契約し、同年二月二日、その旨、粟田に通知し、粟田においてもこれを承諾した。

(二)  仮に右主張にして認められないとしても、右竹内は、昭和三八年一月、右粟田を相手として前記家屋明渡等請求訴訟を提起(当庁昭和三八年(ワ)第一五号)するや、粟田は竹内を相手方として右家屋賃貸借締結等調停の申立を鳥取簡易裁判所に提起し、右申立書に本件敷金二五〇、〇〇〇円交付済なる旨を記載した上、期間を一〇ケ年とする右家屋の賃貸借締結方を求めたが、竹内は調停期日において右申出を拒否し敷金は何時でも返還するにつき速かに右家屋を明渡すよう申出た。粟田にさらに右家屋並びにその敷地を買受けたい、売買代金は敷金と差引の上金一、八〇〇、〇〇〇円とされたい旨申出たが竹内はこれをも拒否した。右事実に徴し、粟田は敷金に関する権利義務を竹内において承継したことを知悉していたことが明らかであるから、ここに、被告、竹内、粟田間において右承継についての合意があつたものと解せられるから、被告は敷金返還債務を免れたということができる。

(三)  仮に右主張にして認められないとしても、粟田は、昭和四〇年四月三日まで本件家屋を無権限にて占有し、その間、竹内に対し賃料相当の損害金支払債務を負担したが、右債務は、当然、竹内が被告より承継した敷金により担保されるべきものであつて、右損害金の発生の都度、順次敷金額に達するまで弁済に充当されて消滅した。

(四)  仮に右主張にして認められないとしても、昭和四〇年三月三日頃、右竹内の代理人である訴外壱岐宗一と粟田との間で、当時、粟田の竹内に対する延滞賃料相当損害金六九九、〇〇〇円余りの債務と本件敷金返還債務とを対等額で相殺する旨協議したので、本件敷金債務は消滅した。

(右主張に対する認否)

(被告の主張)はいずれもこれを否認する。しかも、昭和四〇年三月当時、粟田は転付命令によつて本件敷金返還請求権について処分権限を有していなかつたから、(被告の主張)(四)のような相殺の意思表示があつたとしても、相殺の効力は発生しない。

第五、立証(省略)

理由

一、争点(原告の主張)一について

原告は、本件敷地については、賃貸借終了の際、賃料の延滞があればこれに充当し、延滞がなければ全額を「賃貸借終了と同時に」粟田に返還する約であつたと主張し、被告は右主張事実を否認し、本件敷金については「賃貸借が終了し、且つ、粟田が賃借家屋を現実に明渡すときに」粟田に返還する約であつたと主張するのでこの点について考えてみるに、原告の右主張のような約定を認め得る証拠はなく、反つて、乙第五号証(成立に争がない)によれば、本件敷金は家屋明渡の際、「借主の負担に属する債務」のあるときはこれに充当し、何等負担なきときは「明渡と同時に」返済する旨を定めたことを認めることができる。ところが乙第二号証(証人竹内煕佐男の証言によつて成立を認め得る)、証人竹内煕佐男及び同西本廉夫の各証言によれば、被告は、昭和三七年一二月二六日、訴外竹内煕佐男に対し本件家屋を売渡したことが認められ他に右認定に反する証拠はない。もともと自己所有家屋を他に賃貸した賃貸人が賃借人より敷金を受領した場合、右当事者間で賃貸借関係が一定期間継続した後終了するに至つた後も、なお、賃借人が賃借家屋を占有していてこれを賃貸人に返還しないようなときには、賃貸借終了後の賃料相当損害金債務も右敷金によつて担保されるものと解するのが相当であつて、そうだとすれば、右敷金返還の時期も賃借人が賃借家屋を賃貸人に返還した右損害金債務の発生に終止符をうつたときと解されるべきである。ところが、本件におけるように、被告は粟田から本件家屋の返還を受けないままこれを他に売渡してその所有権を失つたわけであるから、右売渡時期以降においては、もはや、被告の粟田に対する賃料相当損害の賠償請求権の発生する余地はなく、かつ、従前の被告と粟田間の継続的関係はここに断絶するものというべく、右継続的関係が、当然、本件家屋の新所有者に承継されるいわれはない。このことは、賃貸借関係継続中に所有権が移転し、右賃借権が新所有者に対抗し得る場合と異るところである。そうだとすれば、被告は本件家屋の所有権を喪つた時期において、粟田がそれまでに賃料相当損害金債務を負担しているときはこれら債務額に本件敷金を、当然、充当し、なお、敷金残額あるときは、その限度で、これを粟田に返還すべき義務を負うに至つたものということができる。

二、争点(被告主張)(一)について

被告は、竹内に対し本件家屋を売渡すとともに、被告の粟田に対する家賃相当損害金債権を譲渡し、また、竹内において本件敷金返還債務を引受けることを約定し、粟田においてもこれを承諾した旨主張するので考えてみるに、乙第一(一)(証人西本廉夫の証言によつて成立を認め得る)、第一(二)(証人竹内煕佐男の証言によつて成立を認め得る)、前記乙第二号証によれば、被告が竹内に対し本件家屋を売渡すとともに被告の粟田に対する家賃相当損害金(昭和三七年一一月一日以降同年一二月二五日までの分)債権を譲渡し、また、竹内において本件敷金返還債務を引受けることを約定したこと、昭和三八年二月一日頃、被告より粟田に対し、右家賃相当損害金債権を竹内に譲渡した旨及び本件家屋についての爾後の交渉については竹内とされたい旨の通知をなしたことを認めることができるが、証人竹内煕佐男の証言中、右敷金返還債務を竹内が引受けることを粟田において承認した旨の供述は容易に信じ難い。

三、争点(被告の主張)(二)について

乙第三号証(成立に争がない)及び証人竹内煕佐男の証言によれば、竹内が粟田に対して本件家屋明渡等請求訴訟を提起したところ、粟田が竹内に対して被告主張のような調停の申立をなしたこと、右調停期日において粟田より竹内に対し本件家屋の賃貸借契約の締結ができないならこれを金一、四〇〇、〇〇〇円にて買受けたい旨の申入をなしたこと、竹内が粟田の右申入れをいずれも拒み、粟田が本件家屋を即時明渡すならば本件敷金を直ちに返還する旨答えたことは認めることができるが、右認定事実をもつてしては被告において本件敷金債務を免れるに至つたものということはできない。他に粟田において竹内が本件敷金返還債務を引受けたことを明示にせよ、暗黙のうちにせよ承認したものと認め得る証拠は存しない。

四、争点(被告の主張)(三)について

本件のように賃借人が賃貸借契約終了後においても賃借家屋を無権限にて占有中、賃貸人(所有者)が右家屋を他に売却してその所有権を失つた場合には、旧賃貸人と旧賃借人間の敷金に関する権利関係が当然旧賃借人と新所有者との間に承継されるものでないことはさきに理由一項において示したとおりであるからこの点に関する被告の主張は採用することができない。

五、そうだとすれば被告は粟田に対し右敷金返還義務を免れることができないところであり、しかも、被告と竹内間でなされた右家賃相当損害金債権譲渡の約定にかかわらず、右債権は、当然、本件敷金返還債務に充当されて消滅したものといわなければならない。

ところで、証人粟田喜一の証言によれば粟田が原告に対し金三〇〇、〇〇〇円の金銭債務を負担していることが認められ、他に格別反証もない。そうして原告が右債権を原因として粟田の被告に対する前記敷金返還請求権の差押及び転付命令の申請をなし、昭和四〇年一月二九日、右命令が被告及び粟田に送達されたことは前記のとおりであるから、被告は粟田に対して負担している前記敷金返還義務を原告に対して負担するに至つたものということができる。

六、争点(被告の主張)(四)について

被告は昭和四〇年三月頃、竹内の代理人と粟田との間で賃料相当損害金と敷金とを対等額で相殺した旨主張するが右主張日時においてはさきに送達された本件敷金返還請求権の差押及び転付命令の効力によつて粟田は本件敷金返還請求権についてもはや処分権限を有していなかつたから、右主張事実の存否を認定するまでもなく、主張自体理由ないものといわなければならない。

七、以上の理由によつて、被告は原告に対し本件敷金のうちから昭和三七年一一月一日以降同年一二月二五日まで一ケ月金八、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金であることが計数上明らかな金一四、四五一円を控除した残金二三五、五四九円とこれに対する右債務発生後にしてその支払請求を受けたものと認められる本件訴状送達の翌日である(記録上明らかな)昭和四〇年二月二一日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務あるものといわなければならないので、原告の本訴請求を右の限度で認容するが、その余の請求はその理由ないものとしてこれを棄却することとし、民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

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